2009/01/31

仕事の見通し

仕事はプログラムをやっているわけだが今回の仕事はポイントがいくつかある。

1.ユーザ提供DLLがどこまで使えるのか仕様調査
2.既存のプログラムを流用する
3.オブジェクト指向を考慮した作りにする

1が見えないと2もどこまでできるのかわからないので、1をシコシコ調査していたが結局中途半端で使えないという結論に達した。(爆)
DLLなんちゅうものは仕様を100%満たしたものじゃないと使う意味がないので、足りない部分を無理に付け足すくらいならすべてこちらで作ったほうがいい。

で、2の流用しやすさを最優先に1の部分を作り直すことにした。ここまで、デキル人ならサクサクやってたと思うが・・・ずいぶん遠回りしたような気がする(悲)

来週はもう2月で時間がないが頑張ろう。
2009/01/30

抵抗勢力

社長がある仕事を受けてきたのだが、それがWindows系の仕事だとわかった瞬間からAさんの抵抗トーク炸裂!
いかに難しくて(技術的にじゃなくて作業的に)大変で、私の名前まで出して苦労していた、ときたもんだ。(爆)

もう~本当に、その勢い必死さは見てるこっちが不憫に思うほど。部下の仕事にもその半分でいいから関わって欲しいと思わざるをえない。
2009/01/29

委員会っていいんかい?

会社というのは社内の問題について検討するため、いろいろな部署の人間を集めて検討委員会を発足させたりすることがある。”ことがある”っていうか・・・委員会大好きな会社もある。
私も何度かメンバーになったことがある。

■A社
メンバー中、20代は私だけですぐ上が30代半ば最年長が50近かったはず。テーマは仕事の生産性を計る基準を検討するという、当時の私には何のことかサッパリわからないテーマで書記に専念していたといっても過言ではない。なんで私が加わったのかは未だにわからない。
全員で飛行機に乗ってはるばる遠くの会社を見学に行ったり、私は納品業者の見学にまで行かされた。
私こそ初めてこういう委員会に参加したが、他の人達はある意味いつものメンバーでテーマが変われどメンバーは変わらないという当時から人材難が著しい会社だった。
一応、それなりの報告書はまとまったのだが会社がなにか変わったかというとわからない。

■B社
若手5人で構成され、とくにテーマを限定せず社内のいろんな事を改善していこうという趣旨だった。
ところが、例えば業務報告書について検討したとすると・・・

一回目:現状の問題点を言い合い、次回各自案を持ち寄ると決まる

二回目:各自の案を出し合い検討、次回まとめようと決まる

三回目:まとめの話し合いは行うがその場ではまとまらない・・・

四回目:まとめ案について検討、さらに修正

たしか月一の集まりだったのでこれだけで4ヶ月もかかった。社内でもそれなりの人達がメンバーだったと思うが、この亀のような進め方に私は途中からついていけなくなった。どうして皆集まらないと話が進まないのか?方向が決まったら次回までにサクサクまとめて集まった場では承認だけでいいじゃない?
この会社はほどなく倒産したのだが、今思えば暗示するような集まりだった(笑)


委員会の問題点は、いくらスンバらしい事をまとめてもそれをやるのは委員会のメンバーじゃないということ。A社などはその典型で、未だに業績は低迷している。B社に至ってはここまで危機感を持たないということに異次元の世界を見るようだった。
2009/01/26

反応して生きる

夢をかなえるゾウにハッとする言葉があった。それは・・・

「世の中のほとんどの人間はなあ、『反応』して生きてんねや」 by ガネーシャ

ここ半年くらい自分は反応するだけの人間になっていたのでこの言葉を見たときにハッとした。最悪なのは、三回に一回は反応すらしないでわざとスルーしている。言われたことだけやってるのってラクなんだよね~、批判されないし、自分が受身だから人に指示することもないし。

一見いい事ずくめのようだけど、人生ってそう簡単じゃない。
家に帰ってから無性にむなしくなったり、不安な気持ちに襲われることがある。
2009/01/25

無理のない家

久しぶりに家の話。

『渡辺篤史の建もの探訪』を観ることが多いが、番組が始まって10秒で観るのをやめることがある。それは家を建てた経験者からすると、奇抜すぎて住処としての興味をまったく感じないときだ。そんな中でN設計室(永田昌民氏)の家のときに渡辺篤史さんが「無理のないところがいいですね」と本音を述べていたのがとても記憶に残っている。

無理がない
これは家づくりで重要なファクターだと思う。

我家の無理は・・・水道メーターと電気メーターの場所。水道メーターは庭の奥まで入らないと見れないし、電気メーターは家の裏側にあるのだが、冬は雪山に閉ざされ裏に回ることさえ困難だ。我家の場合、外回りの設備関係に悔いが残るものが多い。

ちなみにN設計室はHPがない。設計を依頼したい施主が連絡先がわからず困ることもあるらしい。(爆)
2009/01/24

父の病室で思うこと

父の向かい側にはお爺さんが入院しているのだが、80過ぎの奥さんが毎日見舞いにきているらしい。その奥さんがうるさくて私が見舞いに行くと閉口する。なんというか何でも話題にする人で常に母や私に話しかけてくる・・・いいから自分の旦那さんの世話をしててくれと何度も思う。

普通の入院患者じゃないんだから、父と内輪の話もあるし父だってそうだと思う。私が来たときくらい家族に気を使ってほしいと心底思う。

職場でも、この意味無く話しかけてくる人はとても苦手で生理的に受けつけない。前に勤めていた会社の営業にこのタイプの人がいて一緒に出張に行くのがイヤだった。(笑)


父は30過ぎで体をこわし以後ず~っと病気と付き合ってきた。定年まで勤め上げてくれたことには本当に感謝しているが、出世はせず、上司からは疎まれ、母も大変だったと思う。
もともとある分野には人並み以上の能力があるのだが病気のせいで思うように力を発揮できず悔しい思いをしてきただろう。現役を引退してからも回りを困らせることが多く、私もついキツク当たってしまうが、ちょっとは父の気持ちもわからないでもない。

なにもかも満たされた家族ってどれくらいいるんだろうね。
2009/01/23

半年振りにプログラム

ほぼ半年振りにプログラムを作っている。

今回は自社システムの開発なので、分けわからないコーディング規約や必ず継承しなければならないフレームワークのクラスなんかもなくすべて自前で作る。実力があればなんでもできるのだが、いかんせんプログラムは頑張って人並みの私なので不安の方が大きい。

目標は拡張性、保守性があるプログラムの開発だがどこまでやれるか正直わからない。
2009/01/21

夜の雪かき

今朝、正確にいうと昨日の朝、湿った雪が20cmくらいは積もっただろうか。ひとまず玄関の前を大雑把に雪かきした。

で、22時半過ぎに帰宅したわけだが、更にふくらはぎまで積もっていた(驚)
まずは腹ごしらえをしてイザ雪かきへと出陣した。日中に積もったのはサラサラした軽い雪で、ママさんダンプで右へ左へ積み上げて家の前の雪はすべて始末した。ラッキーだったのは土曜日に排雪をしたので、捨てるスペースがあったこと!

このタイミングの良さは
今年は違う、きっとなにかある!
2009/01/18

夢をかなえるゾウ

夢をかなえるゾウ夢をかなえるゾウ
(2007/08/11)
水野敬也

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大阪弁の本を初めて読んだ

最近読んだという人のブログを見て購入。見覚えがある表紙だったがなんか翻訳本っぽい感じがして手にすることはなかった、実はミリオンセラーでテレビドラマにもなったらしい。(驚)

ビジネス書を小説風に書くってスゴイと思う。主人公とガネーシャ(ゾウ)とのやり取りには笑うし、こんなゾウがいたら楽しいだろうな、きっと
2009/01/17

1月17日

阪神大震災が起きた日。
私はプーで昼夜が逆転した生活を送っていて、朝方布団に入ったままテレビをつけると関西で地震があり火事が起きている程度のニュースだった。で、そのまま二度寝して昼ごろ再度テレビをつけたら死者が数百人と聞いてビックリして跳ね起きたのを覚えている。最終的には6434人もの人が亡くなったのだが、数百人で十分驚く数字だった。


冷蔵庫にハムとピーマンがあったので玉ねぎとスパゲティを買ってきて、昼にナポリタンを作った。ナポリタンはかなりの頻度で作る、ピーマン、玉ねぎ、ハムを炒め、ケチャップ、みりん、醤油を入れる和風だ。ナポリタンには太麺が合う、1.7mmだと8分ほど茹でるがこの間に具の調理ができるのでとても簡単、残業して帰宅しても作ることがある。