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2018/08/09

落ち着かない人たち

ある女性ブロガーさん、二つ目のブログを始めたり、やっぱり一つ止めたり、また一つ増やしたり、ブログシステム自体替えたりと、まあ落ち着かない。冷静沈着さを求められる仕事なのに・・・その反動がブログに来ているのかもしれないが・・・。
そういえば、昔勤めていた会社の同僚(女性)もPCモニター(ブラウン管)の位置を机に向かって右から左にしたり、また右にしたり、またまた左にしたりと落ち着かない人だったな。どっちにしても太った体がねじれるから、しっくり来ないんじゃないのか?と思ったりもした。

こういう人とは合わないなーと思う。
2018/07/16

仕組みを作った人は忙しい

ネットで昔授業で金持ちゲームをやって、最終的に仕組みを作った人が一番金持ちになることがわかった的な話があって、そういえば『仕組みを作った人が勝っている』とかいう本もあったなと思い出した。
仕組みね・・・とボンヤリ考えていたら、システムを作るということは利用者に新しい仕事をしてもらうということで、これは仕組みを作るということに他ならない。自社のシステムを作ったときは仕組み作りも一緒にやれるが、ユーザのシステムだとそうはいかない。そして、残念ながら仕組み作りが出来るユーザはとても少ない。
2018/05/01

昔は良かった

NHKのプロフェッショナル仕事の流儀で砂川の岩田書店の店主が出ていて、「昔は問屋が勝手に送ってくる本を並べていれば売れた、僕じゃなくてもよかった」というセリフが強く印象に残った。そうだったのか、街の本屋が潰れたのは、不景気、娯楽の多様化、活字離れといろいろ理由があったにしろ、それまで何も考えずに商売をしていたから売れなくなったときに、どうしていいのかわからなかったことも大きいんだな。
思い起こせば、新卒で入った会社も昔は商品を作れば言い値で売れた時代があったし、その後転職した会社もホストコンピュータの時代に人を出せば百数十万円も入った時代があったんだ。そういう良いときがあったからこそ、その後の時代の変化について行けなかったんだな。
2018/04/23

会社の宝になる社員とは

会社にとってどんな社員が宝かというと、仕事を大きくしてくれる社員、別の言い方をすれば売上を増やすことに多大に貢献する社員である。ソフトウェア会社で売上を増やすとはどういうことか?

外のプロジェクトならば・・・
レベル1:契約期間が延長になる
レベル2:単価が上がる
レベル3:最初は一人で行ったプロジェクトに二人三人と要員が増える
実際には、レベル2以降はほとんどいない。仕事が出来る人は本人が客先に囲い込まれて終わりである。それでも自分の分は自分で稼いているのだから十分だけどね。

社内の仕事なら・・・
レベル1:無事に納品する(笑)
レベル2:納品した後も継続して仕事がある
レベル3:開発したシステムをベースに新たなシステムが作られる
これもまたレベル3は奇跡に近い。そもそもロクに考えもせず泥縄で作ったシステムが水平展開されるわけがないのである。こちらが望んでもいないのに、このシステムの機能を絞ったものを更に作りたいとユーザから声が掛かるのがまさにレベル3。奇跡が起きている、奇跡を起こしているという自覚が必要なレベル。

他には、売上を阻害する要因である、トラブルの終息や減らすことに貢献することも、間接的に売上を増やすことにつながる。地味な仕事でナンチャッテ管理職には理解されず見過ごされがちだが、会社への貢献は大きいと思う。
まあ、トラブル対応が出来るということは、誠実でシステムの理解力もあり、かつ仕事の正確さもあるということだから、それはそのまま開発も出来るということになる。出来ない人というのはどっちも出来ないものである。

もちろん、営業として売上を増やすことも可能だが、昔パッケージソフトの会社にいた経験からすると、商品と営業とどっちが先かと言うと、商品が先である。やっぱり箸にも棒にもかからない商品は売れないものである。それはそれはキレイなパレート図を見ることが出来る。
2018/04/02

地元ソフトウェア会社で思うこと

地元札幌のソフトウェア会社で思うところがあったので少し書きたい。

A社:会社規模は中堅だが特定分野に強い。
 昔お世話になった方が社長になったことを昨年知り、課長当時からよく働く人だったけど凄いなと思っていたら、昨年末に会社のHPから跡形もなく名前が消え、シレっと会長だった人が社長を兼務していた。いったい何があったんだろう?健康上の理由等で辞めたのなら一言書いてあってもいいと思うし、顧問で残るでしょう、普通?

B社:もともと数十名の社員たちがスピンアウトして創業した会社。
 数年前に某大手SI企業に株式を全て譲渡して子会社になった。数年は会長、社長はそのままだったが、社長が辞め、昨年会長も辞めた。その後、たしか関連会社の役員だった人が新たに社長になり、おー最後に笑ったのはこの人か、多少なりとも人となりを知っている自分としては、この人らしいなーと思っていたら、一年で辞めて後釜には親会社から来た人が就任した。最初から完全に旧経営陣の色を排除するという目的での動きだとしたら、久しぶりに黒いものを見た気がする。まあユルイ会社で、会社を休みがちな社員が多かったが、これからはそうは行かないだろうね。年配の社員は親会社の仕事に配置転換もあるかもしれない。

代表権のある会長で権力を手放さない人、志を持って創業したはずなのに最後は会社を売り渡して利益を得る人・・・。そう、それが人間なのよ。
2017/11/02

元会社の飲み会

以前勤めていた会社の人たちで集まって飲み会があった。最初、言い出しっぺの人に「飲み会やろうと思うんだけど、どう思う?」と聞かれたので「皆に声かけるのならいいんじゃない」と答えたのが始まり。半分も集まるかな?と思っていたのだが、幹事の人柄もあり、ほぼ全員集まるという予想外の結果に。現役のときは利害関係があり過ぎて、こんな会は出来なかったもんね。
当然、全員と話ができるわけでもなかったが、意外に在職中に仕事をしていなかった人ほど元気な様子に見えた。それをそのまま受け取れば、やっと自分にあった仕事が出来ているのかな?逆にうっぷんを晴らしているのかもしれないが。また来年もやるのか知らないが、こんなに来るのなら自分は遠慮したい(爆)
2017/08/17

懐かしい友達と飲む

以前、東京で一緒に仕事をしたことがある、友達二人と飲んだ。Aさんは東京在住で夏休みで帰省しているので、会おうかということになり、Bさんも誘ったら来てくれた。Bさんは札幌近郊に住み、JRを利用するので札駅に店をとった。AさんとBさんが会うのは十数年ぶりだとか。電話番号を知っていても、なかなか連絡をとらないもので、別にAさんとBさんも仲が悪いわけではない。私はどちらともニ、三年前に会っている。
三人とも共通に言っていたのは、『あんな仕事もうあり得ないよね』ということ(笑)プロジェクト的に成功に終わったのが本当に信じられない。そのプロジェクトに続いて、AさんとBさんは東京で横展開プロジェクトにも関わったのだが、それは大失敗して、メーカーのPMが左遷された。バカと天才は紙一重というけど、失敗するプロジェクトと成功するプロジェクトも似たようなところがあって、奇策は何回も通用しないということ。
四時間近く飲んで、会うたびに話すことが同じような気もするのだが、忘れていることもあって、それはそれで楽しいのでした。
2017/02/06

何でも出来る人

昔から上司や同僚に、「何でも出来るよね」と言われることがあった。若いころはその意味がよくわからなかったが、だんだん年をとり、「振り返れば、いろんなことをやってきたな」とか「なんでオレばかり、こんなにいろんなことやらなきゃならないんだ」と思い始め、あっこれが何でも出来るということかと膝を打った(爆)

末端のプログラマとしてプログラムを作ったり、サーバのセットアップをしたり、炎上したシステムの客先に常駐したり、リーダーをしたり、設計をしたり、DBAをやったり、勘定系システムに関わったり、ハード寄りのシステムを作ったり・・・まぁたしかにいろいろやってきた。やり過ぎだろうってくらいやっている、表彰されてもいいくらいだ(爆)使う側からするとこんなに便利な人間はいない。
自分の下にこんな便利な人間がいたら、どんなに仕事がやりやすかっただろう。
2017/01/21

札幌駅にて

札幌駅で昔同じ会社だったAさんを見かけた。Aさんは私が退職した後に退職し、その後札幌駅で何度か見かけている。前回見たのはずいぶん前だったと思う。声を掛けたこともあるが、たいていは目で見送るだけだ(笑)いつも札幌駅で見かけるということは、この辺で腰を据えて働いているのだろうか。

■■
札幌駅の紀伊国屋書店でバッタリ会った二人が同時に腕時計に目をやる場面に遭遇した。おそらく、待ち合わせをしていて、その前に本屋に寄ったらバッタリみたいな感じだったんでしょう。時間を腕時計で確認する光景が、やっぱり様になるなと改めて思った。時間を過ごすのに本屋を選ぶことを含め、この一瞬の仕草を見ただけで、この二人は仕事が出来そうだなと思うね。神は細部に宿るからね。
2017/01/15

他人が出来ない仕事、やらない仕事

かつて勤めていた会社の上司が忘年会の挨拶でこんな話をしたことがある。


 他人が出来ない仕事をしてください。

 他人が出来ない仕事が出来ない人は、他人がやらない仕事をしてください。



他人がやらない仕事ね、いいこと言うなと思った。私は社外のプロジェクトに参加していたので、この上司とはたまにメールのやり取りをするくらいだったが、私のメールを楽しみにしていたと人伝に聞いたときは嬉しかった。考えることが共有できる相手と仕事ができるということは、それだけで大変恵まれた環境だと思う。
仕事って問題しか起こらないので、そのときにこうしようと考えたことを相手も同じように考えていてくれたり、ストレスなく理解してくれるのは有難いことだ。この上司とはもっと長く一緒に仕事がしたかったものだ。